頑張れない日はダメじゃない「何もできなかった日」に自分を責めてしまうあなたへ

何もできなかった日、あなたは自分を責めていませんか?
「今日は、どうしても頑張れない」
そんな日って、ありませんか?
やらなきゃいけないことはあるのに、体も心も動かなくて、
「こんな自分じゃダメだな」
「もっと頑張らなきゃ」
と、自分を責めてしまう。
私が仕事を退職した後、いつも陥る思考がありました。
「もっと頑張らなければ」
「早く仕事を見つけなければ」
仕事を辞めて、本来なら休める時間があるはずなのに、心はまったく落ち着きませんでした。
退職して最初の数日はいいのです。
やっと辞められた、辛かった——そう思いながら、ただ眠る時間を過ごす。
でもそのあと、強い焦りが押し寄せてくるのです。
午前中のあたたかな日差しを感じながら、
「ほかの人はこの時間、働いているのに」
「仕事をしていない私は、なんてダメなんだろう」
買い物に行けば、
「働いていない私が、こんなものを買うなんて贅沢なんじゃないか」
そんなふうに、次々と自己否定の感情が湧いてきて、常に自分を責めてしまう。
何もしていない時間が、“罰”のように感じていたのです。
そして、焦るように仕事を探し始める。
ハローワークで
「退職後3ヶ月以内が一番就職率がいい」と言われれば、その言葉に振り回されて、
条件も考えず、「受かればいい」と形振り構わず応募する。
友達に
「今まで頑張ってきたんだから、ゆっくり休めばいいよ」
と言われても、
「もう十分休んだ」と聞く耳を持たず、次の仕事探しに突っ走る。
そして、そんな自分に都合の悪い言葉をくれる人たちさえ、切り捨てていました。
今思えば、
自己否定を打ち消すため、
そして将来への不安から、
私はまったく休めていなかったのです。
心の中ではずっと、
「このままじゃダメだ」
「休んではいけない」
そう感じ続けていました。
焦りの中で見つけた仕事が、うまくいくはずもありません。
自分で「ここがいい」と決めたはずなのに、
働き始めると、納得できない部分ばかりが目についてくる。
給料が低い
通勤時間が長い
本当にやりたかった仕事ではない
そんな当たり前のことにすら、不満が募っていく。
そして、ちゃんと休めていない体は、すぐに疲れを感じる。
「年のせいかな」とごまかしながら、何とかやり過ごす日々。
そんな状態では、長く続くはずもなく、
人間関係もうまくいかず、また辞めてしまう。
そしてまた転職する——
そんな悪循環を繰り返していました。
あの頃の私は、
「頑張れば、何とかなる」
「頑張りは、いつか必ず評価される」
そう信じていました。
つまり、
“頑張ることにしか価値がない”と思っていたのです。
どんなに疲れていても、苦しくても、休むことを拒んでいました。
休んだら、頑張っていない自分は認められない——
そう思っていたからです。
今振り返れば、体調を崩してもおかしくない状態でした。
子どもの頃、私は1歳上の姉とよく比べられていました。
姉は母似で美人で、運動もできて、
同じスポーツでも優勝するのはいつも姉。
勉強も特別努力しているようには見えないのに、褒められる。
工作も器用で、賞を取る。
一方の私は、
父親似の顔で体格もよく、
スポーツは苦手で、勉強も努力しないとできない。
そしてなぜか、父にはよく怒られ、母にはため息をつかれる。
そんな私が、姉に勝てることは一つだけでした。
「努力すること」
勉強を一生懸命やる
絵を一生懸命描く
そうやって頑張ったときだけ、
「頑張っていて偉いね」と褒められる。
そのたびに私は、
「頑張れば認めてもらえる」
そう学んでいったのだと思います。
母がよく妹に言っていた言葉があります。
「なんでお姉ちゃんみたいに頑張れないの!」
その言葉を聞くたびに、
「頑張るから、私は認められている」
そういう思いが、どんどん強くなっていきました。
こうして私は、
「頑張らないと価値がない」
そんな心のクセを作っていったのです。
今なら、当時の母の気持ちもわかります。
姉妹を比べる母を、ずっと恨んできましたが、
母はただ、子どもたちの将来を思って必死だった。
私にも息子がいるから、わかるのです。
なんとか伝えたい、なんとか良くなってほしい——
その一心で言葉を重ねていただけだった。
その言葉に「否定」という意味をつけたのは、子どもの私でした。
子どもは、
親はどんなときも自分を否定しない
無条件に愛してくれる
そう信じています。
だからこそ、否定されたと感じたとき、深く傷つく。
そのときの感情だけが、強く心に残ってしまうのです。
ある日、私は頑張れなくなりました。
きっかけは、母の死だったと思います。
母が亡くなって、
「何で頑張っているのか」
「どうやって頑張っていたのか」
それすらわからなくなってしまったのです。
これまで心理学を学び、心を見つめ続けてきた私でしたが、
時に励まされ、時にぶつかりながらも、
どんな時も私の話を聞いてくれていた母がいました。
その存在がなくなったとき、初めて気づいたのです。
私は、
「周りに認めてもらいたい」と思っていたけれど、
本当はずっと、
母に認めてもらうために頑張っていたのだと。
頑張ったところで、
もう認めてもらいたい人はいない。
安心して話を聞いてもらえる人がいることが、
どれほど大切だったのか。
感情を出しても嫌われないことが、
どれほど自分の心を支えてくれていたのか。
その存在の大きさに、いなくなってから気づいたのです。
そしてやっと、
「頑張らずに休む」ということが、少しずつできるようになってきました。
どんなに泣いても、抗っても、大切な人は戻らない。
もう、母に認めてもらうことはできない。
そう認めるしかありませんでした。
それは同時に、
「私はこんなに頑張っているのに」
「認めてくれないのは母のせいだ」
そう思っていた自分と向き合うことでもありました。
私はずっと、
「こんなに辛いけど頑張っているんだ」
「だから認めてほしい」
そう伝え続けていた。
かまってもらえることだけが、愛だと思い込んでいたのです。
でも、本当は違いました。
そばで見守ることも、
叱ってくれることも、
遠くから幸せを願うことも、
全部、愛だったのです。
このことに気づいてから、
私は「人に認めてもらうために頑張ること」をやめようと決めました。
被害者でいることも、やめようと決めました。
自分が一番、自分を認めてあげる。
自分が一番、自分を大切にしてあげる。
そう思えるようになるまでには、たくさんの葛藤がありました。
正直に言うと、
人に認めてもらう方が、ずっと楽だったからです。
認めてもらえなければ、人のせいにできる。
「私は悪くない」
そう思うことで、自分を守ることができるからです。
でも、その生き方を続ける限り、
私はずっと苦しいままでした。
「休むこと=悪いこと」
「何もしていない時間=罰」
そう感じていたあの頃の自分には、もう戻りたくない。
そう強く思ったのです。
人はよく、「目の前の人は自分の鏡」と言います。
同じ出来事でも、怒る人もいれば、面白いと感じる人もいる。
受け取り方は、人それぞれ違って当たり前です。
もし今、自分の中に怒りや苦しさがあるとしたら、
それは出来事そのものではなく、
「自分がどう受け取ったか」によるものなのです。
私は、
何かを人のせいにしそうになるたびに、
「違う」と立ち止まることを繰り返しました。
何度も戻って、落ち込んで、また気づいて。
その繰り返しでした。
そうして少しずつ、
私の中で「休むこと」の意味が変わっていきました。
休むことは、“何もしないこと”ではなく、
“待つこと”なのだと。
休めないのは、怠けているからじゃない。
「頑張りすぎてきた証拠」です。
自分の心が整うのを、待つこと。
自分の感情を認めて、いたわって、大切にする時間。
外の空気を感じたり、
夕日を見てきれいだと思えたり、
そんな小さなことを、ちゃんと感じる時間。
頑張れない日もあっていい。
むしろ、頑張らない日があるからこそ、
自分を大切にできる。
休むという選択は、
自分を尊重する、とても大切な選択でした。
頑張っても、頑張らなくても、
私は母に愛されていました。
私は、頑張らなくても価値がある。
ありのままの私で、価値がある。
もちろん今でも、
落ち込む日もあるし、
自分に価値がないと感じてしまうこともあります。
ネガティブな気持ちは、なくなるものではありません。
それでも、
どうしても辛いとき、苦しいときは、
思い出すようにしています。
どんな私でも、母は愛してくれていたこと。
父も、愛してくれていたこと。
その事実は、変わらないということを。
辛い現実は、
そのことを思い出してほしいと、教えてくれているのです。
もし今、
現実が苦しくてたまらないのなら、
その気持ちを、安心して話せる人に打ち明けてみてほしいのです。
その一歩が、
どれほど心を支えるものになるのか、
私は知っています。
そして、
どうか、私のように
「いなくなってから気づく」のではなく、
今、大切な人がいるうちに、
その温かさに気づいてほしい。
心から、そう願っています。
この言葉が、必要なときにあなたの心に届きますように。

